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| 唐津焼の歴史 |
| 「一.井戸 二.楽 三.唐津」と呼ばれることからわかるように唐津焼は昔から 茶人の間でもてはやされてきました。 本当に唐津焼の発祥と同時にそのような脚光を浴びたのでしょうか? そうではありません。 唐津焼は元来庶民のやきものとして作られてきました。 半農半陶の陶工が自分達の必要とする食器を作ることが始まりだったのです。 |
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| 起源としては利休所持の奥高麗茶碗の「ねのこ餅」・長崎県壱岐島の聖母神社の1592年(天正20年)の銘の 入った壷などや堺商人の記録・陶片などから推測され、現在では1580年ごろに間違いないだろうとされています。 最初の窯とされている飯胴甕・帆柱・皿屋など岸岳系の土は粘りが少なく、大物を作るのには適しません。 陶片をみてみると小さいぐい呑・直径10cm前後の碗や小皿などが多いようです。 この時代にはまだ茶人からの注文はなかったであろうと考えられます。 やはり、文禄慶長の役(1592~98)別名「やきもの戦争」の際、朝鮮半島より陶工を連れ帰ったことが唐津焼の 急速な発展に繋がったのでしょう。 1600年頃からの唐津焼の勢いには目を見張るものがあります。 東の瀬戸に対して西の唐津。 現在では陶磁器のことを「せともの」と呼ばれることが多いようですがこの時代には東では「せともの」、 西では「からつもの」と呼ばれるほど隆盛を極めていたようです。 しかし1630年代頃の李参平を開祖とする有田焼の台頭により、唐津焼は衰退の一途をたどったのでした。 最近もてはやされている古唐津と呼ばれるものは1580~1630年位の間の約50年間しか焼かれていないのです。 この短い期間に300を超える窯が築かれたということからも当時の唐津焼の勢いを想像することは難しくないでしょう。 その古唐津のなかでも当時茶人が注文したものといえば極々一部でしかありません。 たとえば奥高麗茶碗・織部意匠の水指などです。 その他はいわゆる「みたて」と呼ばれる代替でした。 醤油・油差しなどがお預け徳利になったり、米を量る茶碗がよねばかり(米斗り)茶碗とよばれ珍重されたりしたのです。 しかし、茶人が注文したものばかりが良いものではありません。 何のてらいも雑念も無く、唯々作り続け、絵を描き続けた作品達はなんとも言い難い魅力があります。 絵はすべて身近にあるもの。 木賊・松・葦・鳥などなんでもかかれました。 飽きが来ないことも魅力のひとつでしょう。 これら半農半陶で作られた雑器が古唐津人気の支えになっていることは言うまでもありません。 是非、この機会に古唐津の作品や古唐津をお手本とし現代に生きる陶工の作品をご覧頂き、 使っていただけることを願ってやみません。 |


